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新しい試みをもった農村の結婚式
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(1) 信州の樋口純平さんと礼子さんの場合
「生活改善は、まず因習の多い結婚式から」
まず樋口純平さんの若い意見を聞いてみましょう。
私の住む部落は
「ここは長野県富士見町木の問、長野県というより、山梨県に近いところ、汽車で約三〇分、諏訪湖のある上諏訪に行くことは、東京へ出るようなものだ。両側に山と面し、空ばかりはっきり見えるような部落は、やや西南の傾斜地に=○戸ばかりの家が並んで、約五〇〇人が住み、部落の九割までが農業を営んでいます。農業だけで生計の立っている者は、その三割にすぎないゐ土地が狭く、久、が長いから、田畑平均五〇彗ばかりの農業ではほんとうにどうにもできない現状、この部落⑳主円年部はへ今後の営農方法に、いっしょうけんめいとり組み、話し合っている、そういった土地の申での私の結婚でした。
二人は見合いから恋愛に入った型といえるかも知れません。同じ町に住みながら、話の出るまではほとんど顔は知らなかったくらいです。母が自分の体力、の限界を知って、私に結婚をすすめた。私は中学を卒・業した年の八月に父を失い、念願であった高校生活も中退、戦争で兄という働き手を失った一家の中心として、母親と農事に励んだ。そのとき伸人の北原さんの話から、彼女と顔を合わせることとなったのです。
ところが、その出合いが病院というおかしな巡り合せですひ母が病気で入院したとき、彼女も町の病院に入院、そうしたことから、偶然に病気見舞いが、初顔合せ、見合いというようなご必となってしまいました。その後、農家は忙しく、彼女は信濃蚕業株式会社に勤めて、文通くらいが関の山。そとに、去年の忘れることのできないあの台風。話は進んで去年の十一月ご十三日に婚約ハ本年の三月二十五日に結婚となったのです」
今までの結婚式
この地方ですぐに出ることば、それは「何人の座敷」ということです。たいてい五人、七人、九人の三通りの座敷で行なわれていました。人数の少ないことが簡素化ではない、と純平さんは思う。その他、むこ入り、嫁入り、親呼び(嫁方の親を招く)、三つ目。昔はこんなことに四日もつぶしたそうです。そして新客、内客と、招く客に差別をつけて、料理を作り、金をかける、新生活を作り出すニ人よりも、昔からのつながりを重く見ていた、そうしたことにどうしても改善しなければと、若い純平さんは真剣に考えたのです。それで、二人は、自分たちの思ったように、自分たちの結婚式は行ないたいと思ったのです。
1. 何人という座を改める。
2. 新客、内客の差別をつけない。(特に料理の点について)
3. 一日で全部の式ごとを終わる。
4. 費用をかけない簡素な披露宴。
しかし、これは何回かの両家との話し合いの結果、純平さんの思うように運んだ。そしてさっそく青年部の四人が、純平さんと同じ考えであり、しかも、この四人とも純平さん同様に家を継ぐ人たちであったので、自分のことのようにいっしょうけんめい考えてくれて、何回か打ち合わせた結果、次のような式次第ができたのでした。
お客さまの一人一人にあげるパンフレットも、みんな友だちが作ってくれて、「おれはほんとに幸福者だ」と、しみじみ純平さんは語っていました。
花嫁来たる
では、お二人の結婚式について、順を追うて説明しましょう。
純平さんとお仲人さんたちは、花嫁さんをお迎えに行って、家に帰ってまもなく、角隠し、振袖姿の花嫁さんが自動車で見えましたが、すぐ婚家に入らず、一軒おいた隣りの家で一休み。
さておこし入れです。この地方では、嫁は婚家に入るときは、ぞうりにはき替えます。これは新しく来た家の物を使い、前の家の物は使わないということで、また、このぞうりも座敷に上がってから鼻緒を切り、これを結んで、屋根へ投げ上げます。もう実家へは帰ることができないように、という昔からのしきたりです。
そしてここでは、玄関に入るとき、お伸人さんが待ちかまえていて、お杯ごとをいたします。
いよいよ新郎新婦定めの席に、親族一同も座につきます。農村のこととて、廊下からいっぱいの人だかりです。
式次第
開式のことば
司会者は同級生の名取圭一君、今日このような式をあげるまでのいきさつを話し、
憲法第二十四条朗読
この条文が朗々と読みあげられました。
媒酌人のあいさつ
要の杯
これは、媒酌人の北原さんが、コンブとスルメを薪郎新婦にとってすすめながらの三々九度のお杯。
婚姻届に署名捺印
床の間に用意された婚姻届を媒酌人が二人の前に、そして新郎から新婦の順に署名、捺印。
花束の贈呈
かわいい少女二人から、新郎毅婦に花束が贈られました。こんなことは、農村でははじめてだとかで、たいへんな喜びようでした。
祝いのことば 祝電披露
誓いのことば
巻物に記した、純平さん礼子さんの二人の誓いのことばが、力強く述べられました。
親族の紹介
両親の謝辞
閉式のことば
大ぜいが見守る中で、純平さんの結婚式はめでたく挙行されました。これは、前にご紹介した人前形式とほとんど同じでありましょう。ここまでふみきった結婚式は、やはり農村として、一つの進歩といえると思います。この部落で二度目のこの形式は、若い人たちに何か新しい興奮と意欲を与えたようでした。披露宴に新しいくふうがありますが、これは、「一人前一五〇円であげた農村の披露宴」をごらんください。披露宴の始まる前に、着替えた花嫁礼子さんは、お仲人さんに連れられて隣断近所にごあいざつ風りに歩きました。これから樋且家の一員として、仲よくお近づぎになるために。
二人のことば
今日ここに、かくも盛大に、しがも私たち二人が願っていたような結婚ができますのは、諸先輩はじめ、友人ならびに親戚の人,たちのあたたかいご援助とご理解のたまものと、深く感謝し、お礼を申し上げる次第であります。私たちこ人は、新しい人間関係について話し合い、明るい人間関係を作るために、心と心の結びつきを作り、それによってお互いを理解し、ものの考え方や生活のしかたを前進させてゆく、そんな自分たちでありたいと願ってきましょうた。そして私たちの家庭が、社会のよき一単位となるよう、お互いの心を一つに助け合い、深い理解と愛情をもって努力する覚悟であります。しかし苦難の人生行路を乗りきるには何分にも私たちは経験が浅く未熟であります。どうか今後とも私たちにいっそうのお力添えをお願い申し上げます。
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